2006年06月16日

太陽の瞑想

森田健 さんの 「自分ひとりではかわれないあなたへ」という本を買った。
まだ読んでないんだけど買おうと思った 文章があった。


嫉妬 という感情に困っていた 森田さん
その感情がある時に 自分を太陽の中心にいるとイメージしてみるそうです。
そしたら 次々と 今まで 自分が 嫉妬に苦しんだシーンが思い起こされ、次に 自分が 相手に同じような気持ちを起こさせるような立場に立って 悦にいっているシーンが 次々と浮かび
嫉妬をあるがままに認めてしまおう、もう私は嫉妬からは逃れることはできないのだ、だから無駄な努力はやめよう こう思った瞬間 嫉妬心が 消えているそうです。


なるほど~、と思いました。



私は今までは 最初の 段階、同じ苦しい シーンが思い浮かぶところ
で我慢できなくなって、心にふたをしてしまっていました。


これじゃあ、また振り出しだな~とは 思っていたけど、見るに堪えられない。


反対のパターンも 我慢してれば見えてくるのかも・・。
やってみようと 思って 何回かやってみる。


同じようにはならないけど、
太陽の中心にいると 気持ちがすっきりしてくる。
なんかいい感じ。


幸せな気持ちになってきて、感謝の念がわいてきて 涙まででてくる。
なんて、素敵!
太陽ってのは 今の私の中では 自分のハートからイメージするもので 自分であり、神とつながっている感覚なのかな。


マイナス思考の人は イメージする 力 が強い人だから それを プラスに 転じれば それを実現するパワーも 強いと 誰かの言葉に 励まされた。


少しずつ、積み重ねる。プラスへの ベクトル。


2006年06月12日

霊について

最近 美輪さんの本「霊なんてこわくない」(面白かった~!美輪さま。凄い!!)を読んで なんとなく思ったこと。

最近 マイナス思考が続いてた私は マイナスの念は拾い集めてたかんじだったし、霊症もあるような気がしていたから、人によくない影響を与える霊に焦点を合わせてました。

たぶん人は死ぬと特にその死んだときの精神状態にとらわれ続けてその人の心を反映した世界に住み続けることになるんだと思う。

とらわれの少ない人は助けてくれる存在に導かれて早く上にあがれる(成仏できる)んだと思う。

そうでない人は生きてる人の近くに存在しながら そのことに気づく、とらわれが少なくなる、まで上に上がれず、苦しい思いをし続けるのかな。

恨んでる人はその対象に恨み、とらわれのある人はそのとらわれの中で自分が思うようになってないとそれに対して怒ったり、悪影響を与えようとしたりするのかな。基本的に成仏できていない存在は生きてる人とかわらないけど、ただ悪影響を与えることでしか自分の望みをつたえる、かなえることが難しいから・・・。

ただ生きてる人間と違って、肉体はないわけでおそらく全て、想念の世界だから、生きてる人間の気持ちは通じやすく、誤解は少ないんだと思う。

で、どうやら供養のためのお経とかお墓参りってのは、亡くなった、特に成仏してない魂にとっては特別なものの模様。
苦しい中でほっと一息つける癒されることなのかもしれない。
恨む心が多少なりとも癒されたり、悪影響を与えようとまで思わなくなるのかな~。
ご先祖様とかなら 補助霊として手助けして下さったりするのかな。
私は死んだらお墓に入りたいかというと う~ん、という感じで、海に帰るとか そんなことを考えるから その気持ちはわかりにくいんだけど、そのような方法に 自分がそう抵抗を感じなければ 感謝や 謝罪の方法として するといいみたい。

生をつなげ、私たちが 生きる 器、環境を 作って下さった。
今よりも苦しい時代を生きぬき、今の 世相に つなげて下さった。

マイナスな面に焦点を当てると 感謝の念は 沸いてこない けれど、
マイナスな面は自分が自分に見せてる 現象、自分に 責任があるものと思えるようになると 感謝しか でてこないんだろうな。

う~ん、いろいろ感じることがあります。


ikitaihoue at 03:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)いろいろ